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2020/07/03

EVERY LIVES MATTER

大袈裟なタイトルになっちゃったけど、ちょっとモヤモヤしてる話。

昨日、こどもの小学校区で「子供被害情報」として登録してる大阪府警メールが届き、その後学校からも手紙が配布されました。


小学生が東南アジア系外国人にすれ違いざま急に手をあげられてびっくりした、という『被害』!?
その外国人が親しみをもって「Hello!」と手をあげたのか、悪意をもって脅そうと手をあげたのかわからないけど、その小学生もびっくりしただけよね?
驚いてコケてしまって怪我したとかでもないよね。
それなのに、この外国人はまるで不審者扱いで特徴や身なりまで挙げられています。

注:この手紙をうちの小3男子に読んでやると『金色のチェーンネックレスをして』のところで「かっこいいやん」だと。

この外国人がもし東南アジア系でなく欧米人だったらこんな扱いになっただろうか、と思うんです。
近所に専門学校があって、そこでいわゆる東南アジア系の留学生がたくさん学んでいるようで、地域の交通安全教室だったかに集団で参加されているのを見たことがあります。
昨日の外国人がその留学生の1人だという可能性は低いかもしれませんが、隣人であるかもしれないその外国人を、まさか見た目で差別してないかという思いが拭きれません。

今、アメリカそして世界中で『BLACK LIVES MATTER』と黒人差別に対する動きが大きくなっていますが、黒人のみならずどんな人種・国籍に対しても差別はあってはならないのです。
日本人だって欧米の白人社会では差別対象となりうるんだから。

この手紙の件で、学校に意見しようかと鼻息荒くなりそうでしたが、先日もこどもの腹痛で市の教育委員会のいいなりの新型コロナウィルス感染対策ということで余分に2日も学校を休むよう言われて「根拠もないのにこどもの学習権を奪おうとしてないか」と一筆書いたところなので、ややこしい保護者だとさらにマークされそうで、どうしようかモヤモヤ考え中です。

2020/07/02

『そして、バトンは渡された』

瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』


たしか話題の本だったよなぁ、と読んでからわかったのが2019年の本屋大賞受賞作品。
たしかにたしかに、これは誰かに伝えたくなる本だと思いました。

私には五人の父と母がいる。その全員を大好きだ。

生みの両親の後、何人もの血の繋がらない親の元でバトンを繋ぐように次々と愛情をもって育まれた少女の物語。
ファンタジーだとわかってはいるけれど、とても温かい気持ちになり最終章では涙が出てしまいました。

私自身、血の繋がらないこどもたちと暮らしている(育てていると言うのはちょっと気が引ける)わけですが、ちゃんと愛情をたっぷり注げているのかというと、将来こどもたちに聞くのがこわいというのが正直なところです。
でも、家族って血縁じゃないんだ、一緒にごはんを食べて喋ってそばにいることなんだ、と言ってもらえたようで、背中を押してくれる本です。

まぁ、家族が変わるたびに苗字が変わらなくていいんじゃない、とか、結婚式で最後の父親から新郎へとバトンが渡されたというところなど、主人公が女の子じゃなかったら成立してたのかな、などのツッコミはありますが、登場人物がほぼ善人だけだというのはフィクションのいいところですね〜。

2020/06/27

夏至で父の日

先週末の日曜日は夏至で父の日で、わたしの父の5回目の命日でした。
奇しくも、5年前父が亡くなった日も夏至で父の日でした。

1周忌と3回忌は法要があったので実家に帰ったのですが、それ以外は去年もただ過ぎただけだったのが、今年は母が全然動けなくなってしまったので帰省してきました。
母もお墓参りもできないのは不本意だと思うので、お花を活けるだけでも慰められるかなぁと、今まで全て母任せで活けたことがなかったお花を買ってきましたが、全然ボリュームが足りなくて貧弱な供花となってしまいました。
これまで見てたつもりでも全然ダメですね。

母の弱り方が急すぎて、いろいろと聞いておかなければならないこと、手遅れにならないようにしなくちゃと思ってるんだけど、親子ってぶつかったりもするし、なかなか難しいなぁ。

2020/06/09

徳島県立近代美術館 『それぞれのながめ』展

今年に入って初めての家族揃っての遠方へのお出かけで徳島へ。
新型コロナウィルスによる緊急事態宣言解除で、久しぶりの遠出が嬉しい!
そんな気持ちに呼応するかのような快晴の日曜日でした。


それぞれのながめ ―河合美和、児玉靖枝、増田妃早子、渡辺智子
長年にわたってグループ展を続けている女性の作家さん4人による展覧会。
そのうち渡辺智子さんとはかれこれ30年近くお付き合いさせていただいています。

いつもはこぢんまりとしたギャラリーでの展示で、行くと作家さん在廊の場合はいろいろとお喋りしながら楽しく拝見するんですが、今回は美術館の大きなスペースでしんとした中作品と正面から向き合って、という体験になりました。
やっぱり天井が高いのとかなり引いて観られるのは美術館ならでは。
近くから観るのと全然違って見えることがあります。

智子さんの作品はとくに実際に観ないことにはわからないことがあります。
印刷や画面などメディアでは見えないオブリガード(対旋律)のような半透明の描線が、作品に近寄ると地と図が反転するかのように見えてくるのです。

とてもやさしくて繊細、そしてどこか哀しげでもあるような作品に、美術館の用意した観賞シートの「絵画は、時の流れの中で、日常の幸せな時間を永遠のものとして遺し得た。絵描きは、永遠には続かない私たちのいのちの時間に、ときに魔法をかけることができる。」という言葉がすごくしっくりきたのでした。

同時に観た所蔵作品展も良かったですよ。



2020/06/05

stay home その後

(備忘録続き)

6月に入ってこどもたちに日常が戻りつつある。
学校は半日授業で「簡易」ながらも給食が始まり、保育園も毎日通えるようになった。
わたしは相変わらず週1度事務所に出る以外は在宅ワークで大人とまともな会話をする時間はほとんどないんだけど、ストレスは圧倒的に減った。

ということは、あのストレスは友人や仕事、世間とつながれないから起こるものではなく、こどもたちとずっと一緒にいることで宿題や遊びなどこどもの相手をしなければならならずこどもの動きに振り回される、昼食作り・掃除・買い出し(思ってもみなかったけど、家での食事が増えて食材がどんどん減っていく)などの家事が増える、仕事が全然できない、など全てが自分の思いどおりにならないのと1人になる時間がほとんどないことから起きたんじゃないかという気がする。
もちろん、新型コロナウィルス というまだよくわからないものに世界中が翻弄されているという不安や今後どうなるんだろうという心配もストレスの原因になってると思うけど、わたしの場合ストレスの正体は案外すごく単純なものだったかもしれない。

家からほとんど出ない生活を続けていると、普段は気が向いたときにしか開かないSNSのページをこまめにチェックしてしまってた。
さらに、こどもたちに振り回されてイライラが募ると、いつもはSNSへのわたし自身の投稿にほとんどこどもを出してなかったのに、こどものおもしろ発言や可愛いショットを投稿して友人知人たちのリアクション(たいてい笑ってくれたりポジティブな反応)を慰めにすることが少なくなく、なんとかバランス取ろうとしてるのが我ながらわかりやすい。

マスク嫌いのわたしでも今では外出時には必ずつけていて、たまにマスクしてない人を見かけると違和感を感じてしまうくらい習慣になるとは。
人の表情が見えないし、これから暑くなる中しんどいなぁと思う。
新型コロナウィルスと共存した働き方や学校教育などの変化は当然として、なんの気兼ねもなしにみんなと集まって食事を囲み、大笑いしてた日々は戻るのだろうか。