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2012/12/03

バルトの国とスウェーデンの旅−4(十字架の丘)

ラトヴィアのリーガからリトアニアのシャウレイへ、バスで移動します。


広い平地が続く中、国境はどこにあったのかわからないまま、2時間あまりでシャウレイに到着。
まずは宿を確保しようと、ガイドブックにあった大学の寮を利用したようなユースホステルへ。
珍しく英語の通じない、けどすごく陽気なおばちゃんがフロントでした。
シーズンオフなので宿には不自由しません。
2人でシェアする部屋を1人で使わせてもらっても相部屋料金でお得。


リトアニアの地方都市であるこの街にきた目的は、郊外にある『十字架の丘』です。
いつかテレビで見たことがあったのですが、こんなところにあったんですね。
十字架の丘行きのバスに乗るためバスターミナルに戻ったのですが、この日は日曜日で開いているお店もほとんどなく、人もあまり歩いていない。
普段は違うんだろうけどなんだか街の印象がものすごくさみしいものになってしまいました。


十字架の丘行きのバスは所要時間15分ほどですが、最寄りのバス停からその丘までは2kmほどあります。


人気のない1本道をずっと歩き、そしてだんだんと見えてきます。



ここはお墓ではなく、信者たちが十字架を遺し続けた結果です。
大小様々、形も様々で、どれだけの人たちの想いがこもってるのかと、実際そこに立つと鳥肌が立ちました。





入口手前に売店があって、神社で絵馬を奉納するかのように十字架が売られていたりもしますが、私は遠慮しときました。
街には人がいなかったのに、ここには観光バスの団体さんも来てました。



2012/12/02

『ピンクルージュの軌跡』展

『アールブリュット』って聞いたことあるでしょうか。
この言葉はフランス語で、日本語では『生の芸術』といわれています。
英語で『アウトサイダー・アート』といわれたりもしています。
ウィキペディアでは「子どもや、正式な美術教育を受けずに発表する当てもないまま独自に作品を制作しつづけている者などの芸術」「狭義には知的障害者の作品をさしていうことがままある」「しかし必ずしもそうではなく、芸術作品で生計を立てたり、既存の団体に発表することなく、独学で孤独に作品を作り続けた人達、刑務所などで初めて絵画に取り組んだ人達などの作品も含むのが本来の意味である」というふうに説明されています。
私は以前からこのアールブリュットになぜかとても惹かれています。

昨日から始まった『ピンクルージュの軌跡』展は、行くとちょうどライブペインティングの最中でした。
作家の上野康幸さんが共演の尺八の演奏にとくに合わせるふうでもなく、淡々と絵の具を塗っていました。


上野さんという作家はとても興味深い方だと思います。
私とひとつ違いの、痩せ形で長身の上野さんは、作品に合わせるかのようにピンク色のトレーナーを着て、細くて長い指で丁寧に絵の具を扱い、でもどんどん塗り進めていました。
そして、作品が完成するとアトリエのスタッフの方々と緩いハイタッチをするのです。
カメラを向けられると、作品と並んで指でVサインを作って、若干はにかんだような感じもするけれど作家らしい顔で写されていました。


上野さんが描くのはファッション雑誌から取り出したお気に入りのモチーフで、男性は一切登場しません。
そこになんらかの上野さんのこだわりがあるのでしょうが、作品自体の魅力がとても大きい作家さんです。

あしたの箱」という小さいギャラリーは、上野さんが所属する福祉施設「アトリエコーナス」の仲間たちやスタッフの方たちでいっぱいで、激しい尺八の演奏が終わるとすごく盛り上がりました。
その反応がもうなんかピュアというか、自分が受け取ったものを素直に表現していて、なんだか泣きそうになりました。
普段私たちは周りを気にして(気にしていないつもりでも)思いきり感情のままに動くことはほとんどないと思いますが、久しぶりにそういう体験をしました。


2012/11/28

籾まきの成果

5月に籾まきをさせてもらった友人から新米が届きました。
たいしたお手伝いにもならず、ほとんど遊びに行っただけの状態だったのに、5kgの米袋がどーんと。


それでさっそくいただきました。
いつもは夫はスーパーの安い米、私は通販で買う玄米(夫用の米の2倍くらいの値段)を食べているのですが、もう違いが歴然!
玄米は別物として、スーパーの安い米は何なんだというくらいに美味しいのです。

この日の夕飯は新米にあわせて、糠さんまとひじきの炒め煮、白菜のクリーム煮でおいしくいただきました。


ダイエット中のはずの夫がおかわり2回もして、すごい勢いでなくなるのを恐れる私でした。
この新米がなくなるまで、私も玄米をお休みします。

そして、その友人には本気でうちの契約農家になってほしいとお願い中です。

2012/11/27

文楽 ー 仮名手本忠臣蔵

ここしばらく大阪市の補助金問題で話題にのぼることの多い文楽ですが、実は今まで観に行ったことがありませんでした。
観たこともないくせに「簡単に補助金カットしたら駄目だ。伝統芸能は保護するに値する」と思っていましたが、このたび8年ぶりに「仮名手本忠臣蔵」が通し上演されるという記事を見て、特に年末にはよくテレビでも見かける知られたストーリーなので初心者にも絶好のチャンスだと出かけました。

この通し上演というのは、朝10:30から夜21:00まで、25分の休憩が3回と5分の休憩が数回あるだけでほぼぶっ通しという、演者はもちろん観客にもハードなものです。
一応第一部と第二部に分かれていたので、私は2日に分けて観ることにしました。
座ってるだけというのも意外としんどいものですよね。

そして初文楽は、正直ところどころ眠くもなったけど、やっぱり残していきたいと思えるものでした。
某大阪市長は「2回観たいと思わない」とのたまったそうですが。

人形遣いと三味線、語り手の方々はけっこう年齢層がひろそう。
語り手の言葉は聴いているだけだと意味がわかりづらいものも多々ありますが、ちゃんと舞台上部に電光掲示板で字幕が出るのです。
これでたいていの意味はわかりました。
それから三味線は文楽でなくともかっこいいですよね。
今回はお試しで2等席を買ったので、舞台からの距離もあって人形の細かい表情はよくわかりませんでしたが、1体の人形を3人の技芸員が操っているのにしばらく観てると人形自体が動いてるかのような錯覚もありました。

平日の昼間なのに満席で、文楽への危機感からなのか「忠臣蔵」という人気演目のせいなのかわからないけど、少しほっとしました。
和服姿の人もちらほらいて、華やかな雰囲気です。
それにしても、2等席なら通しで1日中いたとしても5000円もしないのです。
1等席でも10000円を切るので、これだけのものを観せてもらって申し訳ないくらい。
もうちょっとお金とって、補助金頼みの状況を打開できるくらいになるといいのになあと思いましたが、高くなるとまた人が行きにくくなるんかな。

外国人も少しだけいましたが、途中で席を立った人もいれば熱心にメモを取る人もいました。
それから、隣の席になった女性は名古屋から泊まりがけで来たそうで、少し前に名古屋に巡業で文楽を観て以来はハマっちゃったとのこと。
私はハマりはしなかったけど、時々こういうのにも触れたいなあと思います。

2012/11/20

バルトの国とスウェーデンの旅−3(ルンダーレ宮殿)

リーガから少し離れたところにあり『バルトのヴェルサイユ』ともいわれるルンダーレ宮殿へ。
バウスカという町で乗り換えますが、バスで2時間ほどなのでリーガから日帰りです。

バルトの国での足はほとんどバスです。
鉄道はないこともないのですが、どこへ行くにもバスの方が断然本数が多く便利です。
バスターミナルの切符売場で切符を買ってもいいし、バスの運転手に直接お金を払って乗ってもいいのですが、切符売場で買った場合は座席番号が書いてあるレシートをくれるのにバスの運転手に払った人は好きなところに座るので、結局システムがよくわかりませんでした。

それから、バルトの国の人のマナーの意識は私たちのとはだいぶ違うようです。
バスの中では、少年たちがふざけて騒いでいてもみんな平気なようだし、携帯電話で大声で長話する人も多い。
イヤホンで音楽を聴く人の音量もかなり漏れてるし、音に関して寛容なのかなぁと思います。
それに、バスが満席に近くなっても自分の荷物を座席に置いたまま、言われるまで自分の膝に載せたりはしないようでした。

さてルンダーレ宮殿ですが、なんでこんなところに宮殿が、というような何もない場所に突如としてあります。



庭園は素晴らしいみたいだけど、それ以外の外構はいたって質素、というより何もしてない。


窓も一部はダミーだったりして。



でも、内部は本当にゴージャス!





これがこの宮殿の主人の寝室で、庭園はこの部屋から観るためだけに造られたようなものでした。



浴室だったかに貼られたタイルに描かれているのは宗教画っぽいのですが、顔の表情がなんかテキトーでおもしろい。



大公の奥様の寝室には隠し扉の奥にこんなトイレが。




こんなん、私だったらよう落ち着いて用を足すことできませんわ。

実は、ガイドブックには貴族の衣装を借りて記念撮影ができると書いてあったので密かにコスプレを楽しみにして行ったのですが、現地のスタッフの人に予約しないとダメと言われて撃沈でした。

こんなに素晴らしい建築なのですが、ほんの40年前くらいまでは地元の小学校の実験室などに使われていたという、びっくりな状態だったようです。


それをここまでよく修復したなぁと感心します。

各部屋にあった陶器の大きな物体は、なんとヒーター。
背後に薪をくべて火を燃やすようになっていて、当時から冬の寒さ対策は重要だったことがうかがえます。


久々に街を離れ、田舎の景色を見てリフレッシュしました。