ページ

2012/03/13

1.17/3.11 明日への建築展

梅田阪急ビル オフィスタワーへ初めて行きました。
エレベーターは15階で乗り換えするんですが、15階までの箱がでかい!
ちょっと住めそうなくらいです。


東日本大震災の1周年の前の日、3月10日に『1.17/3.11 明日への建築展』に行きました。
去年の今日、誰も明日こんなことが起きるとは夢にも思わなかった。


阪神・淡路大震災が起きたとき、私はアメリカにいて地震はニュースの中の出来事でした。
今回も尼崎で地上35階にいて大きな揺れは体験しましたが、直接の被害は何もありませんでした。
自分自身が被害にあったわけでもないし、被災された方たちに直接何かしてあげてもないことが後ろめたいような気持ちがずっとあります。
1995年の阪神・淡路大震災と違って、特に今回はネットやツイッターなどでリアルタイムで現地の声などが聴こえてきて、とてもつらかったです。
募金や物資を送ることでなんとか免罪符を得たような気持ちでいたように思います。

今月末で退職して自由の身になる4月に、さっそく東北の方に向かうことにしました。
旅人として行くのか短期でもボランティアチームに参加するのか今のところ未定ですが、1年が過ぎた今さらでも自分の目で見ることができればと思っています。


展覧会では、失われた街の鎮魂の復元模型や建築家たちの明日への建築作品、阪神・淡路大震災以降実施された16年間のデザイン・アート・建築などのクリエイティブな取り組みのタイムラインなどがそれぞれ展示されていました。
1/500の復元模型は白く美しく、現実に失われた街は色や音やにおい、歴史や記憶・思い出なども奪われてしまったことがかえって強調されるような気がしました。
それから阪神・淡路大震災以降のタイムライン・プロジェクトはとても興味深かったです。「クリエイターはいつ、誰のために、何ができるのか」このアーカイブが何か応えてくれると思います。

2012/02/27

ギャラリーはしご

新聞記事で見かけた小さな展覧会2つをはしごしてきました。

1つ目は、堂島リバーフォーラムでの『透明な画才 進化する4つの個性』展です。
障がいのある方々の現代アート作品で、アール・ブリュット(生の芸術)と呼ばれているもので、以前から私は興味を持っていました。
私がギャラリーに行った日はちょうどギャラリートークやライブペインティングが催されていてたくさんの人で賑わっていました。
どの作品も本当に素晴らしくて個性的で、画商さんがついている方もおられます。
私も手に入れたいような作品が数点ありました。
そして、ライブで描かれるところを観られたのがとてもよかった!
このところ音符にはまっているという方が、鼻歌で機嫌よさそうにでもすごい集中力で繊細な絵を描かれていました。
私はたまたまこの展覧会の小さな記事を見かけたのでよかったのですが、もっと告知をしてもらえたらと思いました。
会場の堂島リバーフォーラムのホームページにさえこの展覧会の案内がありませんでした。
せっかくのこの作品が、もっと人の目に触れるように。

その後、四ツ橋に移動してdddギャラリーの『奥村昭夫と仕事』展へ。
奥村氏はグラフィックデザイナーで、その名前は知らなくともグリコのマークや近鉄百貨店の包装紙や牛乳石鹸!のパッケージデザインなど、その仕事のいくつかは誰でも必ず目にしたことがあるはずです。
会場にはそのご本人がいて、有料ですが希望すれば名刺やポスターのデザインをその場でしてくれるという、ちょっとコーフン的な企画となっていました。
私は自分の名刺をつくってもらおうか散々考えましたがへたれ過ぎて依頼するに至らず。
牛乳石鹸の箱のデザイナーに名刺をつくってもらったといえばかなりの自慢になったと思うのですが・・・。
代わりに赤の他人の名刺をつくる場面を見させていただきました。
その方と軽くおしゃべりしながらすぐにアイデアは浮かぶようで、下書きもなしにパソコンに向かうとちゃんちゃんちゃんっとその人の名前の一文字と顔の特徴をミックスさせたデザインのロゴができてしまいました。
さすが、百戦錬磨やなぁというしかありません。

久々に特に予定もなくそんなエリアに行ったので、珍しく街歩きしました。
立花通りのお店を冷やかして、最後にD&DEPARTMENTへ。
すごいなと思うのは、このお店に置いてあると今までごく普通に身の回りにあった何気ないものが実はとてもよくデザインされたものであることに気づくこと。
そして、そうしたものに囲まれて過ごす生活は穏やかで安心感があるように思います。

2012/02/22

鼻たれ

先週から風邪気味です。
1週間以上も引きずってる状態は私にしては珍しいことです。

幸いなことに、というべきか熱は微熱さえもなくて、のどの痛みから始まってあとはずっと鼻の症状が続いています。
熱もないのに仕事を休むわけにもいかず、鼻水・鼻づまりを点鼻薬で抑え込んでいるのですが、耳は膜がかかった感じだし頭はぼぅっとしてるし、何よりずっと睡魔に襲われていてつらいです。
ガッと発熱して少し休んですっきりするパターンがいいなぁと思っても、思いどおりにいきませんね。

子どものころから鼻をかむのが苦手だったけれど、上手になりました。
というか、かんでもかんでも生産される鼻水って不思議だ~。

2012/02/02

訪問者

昨日の夕方、事務所に訪問者がありました。
その人は仕事を探しているらしく、ここがリフォーム業の看板をあげているのを見てドアをたたいたのでした。

話しているうちに韓国人とわかり、豊岡に働きに来ていたのが会社が潰れてしまい、仕事を求めて神戸に出てきたとのこと。けれど、どこも不景気だし一見の外国人を簡単に雇ってくれるところもなく、所持金が尽きてここまで歩いてたどり着いたようでした。
そして今はとにかく豊岡まで戻る交通費だけ出してもらえればどんな仕事でもする、豊岡まで戻ればソウル行きの航空券もあるから早く韓国に帰りたい、という話でした。
バブルの頃東京で働いていたという44歳の男性で、韓国訛りはあるけれど日本語は上手で、私にはまっとうな人に見えたのでなんとか協力できればと思ったのですが、その時間からの仕事に心当たりがあるわけではありませんでした。

その人は「私のことで韓国のことを嫌いにならないでください」と言いましたが、私はその人がここに来るまで誰も助けの手を差し伸べなかったのかと、このことで日本のことを嫌いにならないといいのに、と思いました。

結局いい案を思いつかず、私が切符を買ってあげることにしました。
私もこれまでいろんな国を旅行していろんな場面で良くしてもらったり助けられてきたし、これからもどこで誰にお世話になるかわかりません。
この人は異国で困っていて、いい大人が無一文という状況は当の本人がいちばん情けなく感じてるでしょう。
正直そんなことするのは初めてで、それでよかったのかよくわかりません。
駅まで一緒に行って切符を買い、その人を見送りました。

いつか私が渡した名刺の住所宛にお礼の手紙がくるか、期待しないでおこうと思います。

2012/02/01

うるう年

あっという間に2月になりました。
今年はうるう年なので29日までですね。

私の生まれ年もうるう年だったのですが、2月29日生まれの同級生ってこれまで小学校のときに1人しか遇ったことがないのです。めっちゃ貴重な存在で、そのときは彼のことを憧れのまなざしで見ていたような気がしていましたが・・・。
まさに今日気づいたのです、同じ年の2月生まれって1つ上の学年の早生まれの人だってことに。てことは、あの2月29日生まれの彼は同級生じゃあなかったのか・・・。

今年は7月1日にうるう秒っていうものもあるらしいですね。午前8時59分60秒のあと午前9時になるそうです。
3年前の元日にもあったらしいけど、知らなかったです。
その瞬間に電話の時報とか聴いてみたいなぁ。
そのときにはきっとすっかり忘れてるだろうなぁ。