2018年/イギリス・アメリカ
監督:ブライアン・シンガー
去年から話題の映画ですよね〜♪
わたしも年末頃から観たい観たいと思いつつなかなか叶わなかったのが、やっと観に行けました!
その分、前評判を聞きすぎて、主役のラミ・マレックがアカデミー主演男優賞を取ったりもあって、期待し過ぎたかも・・・
もちろんとても面白かったし音楽も良かったんだけど、涙が出るほどの感動ではなかったし、映画館に何度もリピートすることもないかなぁ。
わたしはめっちゃクイーンのファンというわけではなく、ベスト盤を1枚持ってるだけなんだけど、彼らの音楽そしてパフォーマンスは本当に素晴らしいと思っています。
そうなんだけど、いまひとつ映画にのめり込めなかった理由のひとつは、わたしがフレディをビジュアル的にもけっこう好きだからだろうなぁ。
ラミ・マレックの演技は本当に良かったと思うんだけど、見てくれはどうしようもない。
でも、フレディの孤独や苦悩をこの映画で知ることができて良かった。
フレディは本当に愛すべき人だと思うし、クイーンのライブにリアルタイムで行ってみたかったと切に思う次第です。
もう少し長く生きていてほしかった。
2019/02/28
2019/02/08
ベルリン
年が明けてから放送された『アナザースカイ』というTV番組のゲストが電気グルーブでベルリンが舞台ということで観ました。
電気グルーブとしては1997年の『Shangri-La』くらいしかわたしは知らないけど、石野卓球さんはDJとして有名だし、ピエール瀧さんは今やベテラン俳優の貫禄さえあり、よく知られてますよね。
その石野卓球さんが1998年にドイツ・ベルリンのラブ・パレードにDJとして参加したということで、番組でベルリンが取り上げられたのでした。
ラブ・パレードとは1989〜2003・2006〜2010年に開催されていたイベントで、2006年まではベルリンが会場でした。
ピークの1999年にはこの1日に国内外から150万人が集まったそうですが、実はわたしもその中の1人。
当時こういう音楽がとくに好きってわけではなかったものの、100万人が集まるお祭りってどんなんだろうと好奇心から行ってみたのでした。
もともとスウェーデンの友人のところに行く予定で、それならドイツって海をはさんで隣りだからついでに、と思ったのですが、行くにあたって、100万人もの人がいっぺんに集まったら泊まるとこあるんだろうかと、いつも行き当たりばったりの旅行ばかりしてたわたしも少し不安で、スウェーデンの友人にその話をすると、ベルリンにいる友人を紹介してくれました。
そしてその人;モニカが住んでいるアパートの住人がちょうどパレードの期間中不在ということでその部屋をお借りできることに。
というわけで、名前と固定電話の番号だけを頼りにドイツへと出発したのでした。
それにしても見知らぬ外国の女の子(当時)をよく泊めてくれるよなぁと、我ながら思います。
今だったらSNSなどもあるから事前にお互いの顔写真などいろいろ情報をやり取りしたりとか打合せとかできるんだけど。
飛行機はフランクフルトに着いて、そこから公衆電話でまずモニカに連絡。
彼女はまだ寝てたようで、待ち合わせの話をしながら大丈夫かなぁと思ったのをおぼえています。
フランクフルトからベルリンへは電車。
もう20年も前のことで記憶は確かではないけど、モニカの指示で動物園駅で待ち合わせたと思いますが、かなり大きな駅でこんなところで顔もわからないのにどうやって会えるの〜、と思ってたら会えました!
モニカ曰く「会おうと思ってたら会える」。
ちょっとスピリチュアルな人だったかもしれないけど、44歳で1人暮らし、看護士をしながら大学に通っていて、15歳下のボーイフレンドがいるというかっこいい女性でした。
ベルリンの壁崩壊からちょうど10年後のその街は、東側の雰囲気を残しつつ、あちこち建設ラッシュで街全体が工事現場のような異様なエネルギーが溢れていました。
一見廃墟に近いような建物の中にギャラリーがあったり、入っていいものか躊躇するような中庭にカフェがあったり、しばらく滞在する間、ドキドキしながら毎日歩き回りました。
モニカがわたしと同年代で建築をやっている従兄弟を紹介してくれて、パレードにはその従兄弟;パトリックとその友人と一緒に行きました。
パレードはただただ人が多く、全体像が見えず、とにかくずっと人波に流されながら歩き続けたような気がします。
パレード自体より、その時期のベルリンの街に行けたのが収穫でした。
そして現地の一般の集合住宅に滞在できたことも。
ベルリンの人はクールで居心地のいい距離感で接してくれたのが、大人の街という印象。
ドイツでもほかの街だったらまた違う印象でしょうね。
モニカにはしばらくの間感謝の気持ちからクリスマスカードなど送っていましたが、「わたしにはそんなの要らないわよ」的なことを言ってくれたのでそれ以降はとくにやり取りしていません。
でも、パトリックは日本に来たらいつも連絡をくれて数年に一度会います。
お互いに家族ができてもそうやって続く関係は、旅先で出会った中でも貴重です。
電気グルーブの番組から、20年ぶりにベルリンの旅を思い出して少しセンチメンタルな数日を過ごしました。
あ〜、またぶらっと旅行に行きたいなぁ。
電気グルーブとしては1997年の『Shangri-La』くらいしかわたしは知らないけど、石野卓球さんはDJとして有名だし、ピエール瀧さんは今やベテラン俳優の貫禄さえあり、よく知られてますよね。
その石野卓球さんが1998年にドイツ・ベルリンのラブ・パレードにDJとして参加したということで、番組でベルリンが取り上げられたのでした。
ラブ・パレードとは1989〜2003・2006〜2010年に開催されていたイベントで、2006年まではベルリンが会場でした。
ピークの1999年にはこの1日に国内外から150万人が集まったそうですが、実はわたしもその中の1人。
当時こういう音楽がとくに好きってわけではなかったものの、100万人が集まるお祭りってどんなんだろうと好奇心から行ってみたのでした。
もともとスウェーデンの友人のところに行く予定で、それならドイツって海をはさんで隣りだからついでに、と思ったのですが、行くにあたって、100万人もの人がいっぺんに集まったら泊まるとこあるんだろうかと、いつも行き当たりばったりの旅行ばかりしてたわたしも少し不安で、スウェーデンの友人にその話をすると、ベルリンにいる友人を紹介してくれました。
そしてその人;モニカが住んでいるアパートの住人がちょうどパレードの期間中不在ということでその部屋をお借りできることに。
というわけで、名前と固定電話の番号だけを頼りにドイツへと出発したのでした。
それにしても見知らぬ外国の女の子(当時)をよく泊めてくれるよなぁと、我ながら思います。
今だったらSNSなどもあるから事前にお互いの顔写真などいろいろ情報をやり取りしたりとか打合せとかできるんだけど。
飛行機はフランクフルトに着いて、そこから公衆電話でまずモニカに連絡。
彼女はまだ寝てたようで、待ち合わせの話をしながら大丈夫かなぁと思ったのをおぼえています。
フランクフルトからベルリンへは電車。
もう20年も前のことで記憶は確かではないけど、モニカの指示で動物園駅で待ち合わせたと思いますが、かなり大きな駅でこんなところで顔もわからないのにどうやって会えるの〜、と思ってたら会えました!
モニカ曰く「会おうと思ってたら会える」。
ちょっとスピリチュアルな人だったかもしれないけど、44歳で1人暮らし、看護士をしながら大学に通っていて、15歳下のボーイフレンドがいるというかっこいい女性でした。
ベルリンの壁崩壊からちょうど10年後のその街は、東側の雰囲気を残しつつ、あちこち建設ラッシュで街全体が工事現場のような異様なエネルギーが溢れていました。
一見廃墟に近いような建物の中にギャラリーがあったり、入っていいものか躊躇するような中庭にカフェがあったり、しばらく滞在する間、ドキドキしながら毎日歩き回りました。
モニカがわたしと同年代で建築をやっている従兄弟を紹介してくれて、パレードにはその従兄弟;パトリックとその友人と一緒に行きました。
パレードはただただ人が多く、全体像が見えず、とにかくずっと人波に流されながら歩き続けたような気がします。
パレード自体より、その時期のベルリンの街に行けたのが収穫でした。
そして現地の一般の集合住宅に滞在できたことも。
ベルリンの人はクールで居心地のいい距離感で接してくれたのが、大人の街という印象。
ドイツでもほかの街だったらまた違う印象でしょうね。
モニカにはしばらくの間感謝の気持ちからクリスマスカードなど送っていましたが、「わたしにはそんなの要らないわよ」的なことを言ってくれたのでそれ以降はとくにやり取りしていません。
でも、パトリックは日本に来たらいつも連絡をくれて数年に一度会います。
お互いに家族ができてもそうやって続く関係は、旅先で出会った中でも貴重です。
電気グルーブの番組から、20年ぶりにベルリンの旅を思い出して少しセンチメンタルな数日を過ごしました。
あ〜、またぶらっと旅行に行きたいなぁ。
2018/12/10
夜の太陽
先日、2025年大阪万博が決まりましたね。
わたしはワクワクよりトホホ感の方が強いのですが・・・。
残念ながらわたしは見たことのない1970年の大阪万博は今でもなお語り継がれるものだと思うのですが、『あの素晴らしい万博をもう一度〜♪』とはならないはず。
1970年を超えることはないとして、ガッカリとか経済的なダメージばかりにならなければとか思うのです(そしてIR・カジノという流れにも異議を)。
たまたまちょうどこの万博招致が決まったタイミングで、太陽の塔の内部見学に行ってきました。
今年の3月だったか内部の修繕が完成し、一般にも公開されるようになった太陽の塔ですが、見学には予約が必要です。
12月は太陽の塔へのプロジェクションマッピングとイルミネーションのイベントがあるので、それに合わせて夜の見学としました。
まずプロローグは太陽の塔の第4の顔「地底の太陽」。
万博閉幕後に行方不明となって今回復元されたそうで、これにもプロジェクションマッピングされていてテンションが上がります。
そしていよいよ塔の足元へ。
内部は撮影NGということなので写真でお見せすることができませんが、すごくよく修復されています!
みんなでスタッフの方の解説を聞きながら階段を上っていきます。
わたしは1歳の人と一緒だったのでエレベーターで中間階と最上階からしか鑑賞できず、グスン(4歳未満はエレベーター使用のきまり)。
それでも「生命の樹」の迫力は感じられました!
ちょうど太陽の塔の腕のつけ根のところが最上階となっています。
腕の内部が見られるんですが、その構造がめっちゃかっこいい!
そして、見学を終えて外に出ると・・・
昼の万博公園には何度もピクニックに行ったりしてますが、夜ははじめて。
夜の太陽の塔が明るいときとはまた違う存在感で、夜明けを待つ太陽のようで見飽きませんでした。
未来の進歩を謳った1970年の万博のあと、そのなかで異色のプリミティヴな太陽の塔だけが遺っている現実が、科学技術が消え去っても原始的なものは失われないという皮肉のようで、象徴的です。
わたしはワクワクよりトホホ感の方が強いのですが・・・。
残念ながらわたしは見たことのない1970年の大阪万博は今でもなお語り継がれるものだと思うのですが、『あの素晴らしい万博をもう一度〜♪』とはならないはず。
1970年を超えることはないとして、ガッカリとか経済的なダメージばかりにならなければとか思うのです(そしてIR・カジノという流れにも異議を)。
たまたまちょうどこの万博招致が決まったタイミングで、太陽の塔の内部見学に行ってきました。
今年の3月だったか内部の修繕が完成し、一般にも公開されるようになった太陽の塔ですが、見学には予約が必要です。
12月は太陽の塔へのプロジェクションマッピングとイルミネーションのイベントがあるので、それに合わせて夜の見学としました。
まずプロローグは太陽の塔の第4の顔「地底の太陽」。
万博閉幕後に行方不明となって今回復元されたそうで、これにもプロジェクションマッピングされていてテンションが上がります。
そしていよいよ塔の足元へ。
内部は撮影NGということなので写真でお見せすることができませんが、すごくよく修復されています!
みんなでスタッフの方の解説を聞きながら階段を上っていきます。
わたしは1歳の人と一緒だったのでエレベーターで中間階と最上階からしか鑑賞できず、グスン(4歳未満はエレベーター使用のきまり)。
それでも「生命の樹」の迫力は感じられました!
ちょうど太陽の塔の腕のつけ根のところが最上階となっています。
腕の内部が見られるんですが、その構造がめっちゃかっこいい!
そして、見学を終えて外に出ると・・・
昼の万博公園には何度もピクニックに行ったりしてますが、夜ははじめて。
夜の太陽の塔が明るいときとはまた違う存在感で、夜明けを待つ太陽のようで見飽きませんでした。
未来の進歩を謳った1970年の万博のあと、そのなかで異色のプリミティヴな太陽の塔だけが遺っている現実が、科学技術が消え去っても原始的なものは失われないという皮肉のようで、象徴的です。
2018/12/01
妄想にして野望
少し前からひとり妄想して盛り上がっていることがあります。
妄想も口にしていれば実現するかと、ここに記しておこうと思います。
もともと予定を決めずにぶらぶらする1人旅が好きで、結婚するまではあちこち行きました。(結婚してからの1人旅は1度だけ)
今はこどもが小さいので現実には諦めざるを得ません。
でも、今は6歳の兄と1歳の妹ですが、下の子のオムツが取れたら毎年母子3人でノープランの旅ができたらと思っているのです。
といっても子連れで危なそうなところには行けませんが、上の子が夏休みに入ったら出発して、夫がお盆休みになったら合流して帰る、というのが理想かな。
そうすると1ヶ月近く出かけられる♪
1ヶ月の旅行となるとお金もかなりかかるだろうから物価の安いアジア辺りの国で治安も悪くないところ、といったらどこがいいでしょう。
台湾とかトルコの人ってこども好きと聞きますね。
今まで行ったことがあるとこも行ったことがないとこも、こどもと一緒だとまた違ったものが見られるんじゃないかと思うし、もちろんこどもにもいろんな経験してほしいし。
妄想するともうワクワクしてきます。
妄想も口にしていれば実現するかと、ここに記しておこうと思います。
もともと予定を決めずにぶらぶらする1人旅が好きで、結婚するまではあちこち行きました。(結婚してからの1人旅は1度だけ)
今はこどもが小さいので現実には諦めざるを得ません。
でも、今は6歳の兄と1歳の妹ですが、下の子のオムツが取れたら毎年母子3人でノープランの旅ができたらと思っているのです。
といっても子連れで危なそうなところには行けませんが、上の子が夏休みに入ったら出発して、夫がお盆休みになったら合流して帰る、というのが理想かな。
そうすると1ヶ月近く出かけられる♪
1ヶ月の旅行となるとお金もかなりかかるだろうから物価の安いアジア辺りの国で治安も悪くないところ、といったらどこがいいでしょう。
台湾とかトルコの人ってこども好きと聞きますね。
今まで行ったことがあるとこも行ったことがないとこも、こどもと一緒だとまた違ったものが見られるんじゃないかと思うし、もちろんこどもにもいろんな経験してほしいし。
妄想するともうワクワクしてきます。
2018/11/08
つきだし
『つきだし』ってありますよね。
居酒屋なんかでよく頼んでない小鉢などの料理が席に着いたらすぐ出されて、モヤモヤしながらお会計時に1人300円くらいのお代を払う羽目になるアレです。
ちょっとしたことなんですが、不要なものにお金を取られるのは非常に気分がよくありません。
滅多にないですが、手の込んだつきだしに、その日は美味しいものが食べられるとワクワクさせられることはあります。
でも、たいていは業務用のパックから盛り付けただけ?のようなお惣菜とか、枝豆やタレのかかったキャベツとか、300円なりの対価に等しいとは思えないものが多いんじゃないでしょうか。
これをサービス料のおまけのような位置づけで出されているお店もあるように思うんですが、それが納得のいくサービスかというとそうでもなく、誰か「つきだしって何?」という疑問に答えてほしいもんです。
これまで特に腹立たしかったつきだしベスト3・・・
1・コーヒーだけ飲みに入ったオサレなカフェバーで、お惣菜のつきだしを出された!
せめてナッツとかチョコとかだったらまだしも、コーヒーにお惣菜ですよ!!
一緒に行ったドイツからの友人に対して恥ずかしく思ったんですが、かえっておもし
ろがってくれてホッとしました。
2・ランチなのにつきだしが出てしっかりお代も取られました。
ハイ、たしかに飲みました。
飲みましたが、まさかランチでつきだしとは思いもよらず、了承していませんよ・・
3・こどもにもつきだしが出て、もちろんお代も取られました。
事前に説明もなく、お会計時にわかって聞くと「お料理を召し上がる方はこどもさ
んにもサービスさせていただくということでつきだし代をいただいております」
って、そんな素晴らしいサービスだったか???
たしかに赤ちゃんにはつきだしなかったけど、ねぇ。
居酒屋なんかでよく頼んでない小鉢などの料理が席に着いたらすぐ出されて、モヤモヤしながらお会計時に1人300円くらいのお代を払う羽目になるアレです。
ちょっとしたことなんですが、不要なものにお金を取られるのは非常に気分がよくありません。
滅多にないですが、手の込んだつきだしに、その日は美味しいものが食べられるとワクワクさせられることはあります。
でも、たいていは業務用のパックから盛り付けただけ?のようなお惣菜とか、枝豆やタレのかかったキャベツとか、300円なりの対価に等しいとは思えないものが多いんじゃないでしょうか。
これをサービス料のおまけのような位置づけで出されているお店もあるように思うんですが、それが納得のいくサービスかというとそうでもなく、誰か「つきだしって何?」という疑問に答えてほしいもんです。
これまで特に腹立たしかったつきだしベスト3・・・
1・コーヒーだけ飲みに入ったオサレなカフェバーで、お惣菜のつきだしを出された!
せめてナッツとかチョコとかだったらまだしも、コーヒーにお惣菜ですよ!!
一緒に行ったドイツからの友人に対して恥ずかしく思ったんですが、かえっておもし
ろがってくれてホッとしました。
2・ランチなのにつきだしが出てしっかりお代も取られました。
ハイ、たしかに飲みました。
飲みましたが、まさかランチでつきだしとは思いもよらず、了承していませんよ・・
3・こどもにもつきだしが出て、もちろんお代も取られました。
事前に説明もなく、お会計時にわかって聞くと「お料理を召し上がる方はこどもさ
んにもサービスさせていただくということでつきだし代をいただいております」
って、そんな素晴らしいサービスだったか???
たしかに赤ちゃんにはつきだしなかったけど、ねぇ。
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